ドアに耳を押しあてると、何やら無数の小さなものが、カサコソ、 　ヒタヒタとはい出してくる気配が感じられました。 　 　バンドネオンの音色が、甘くせつない音色を奏ではじめたとき、 　私は何故か無性に中をのぞきたいという衝動にかられました。 　私は、ほんの少しドアを開くと、中の様子をうかがいました。 　 　部屋の中では、十数組の男女たちが、ピタリと体を寄せ合って、 　タンゴを踊っていました。男も女も黒ずくめの衣裳をつけ、女た 　ちは真紅のバラを髪に飾っています。照明が、ミラーボールの 　ように妖しく輝いているのは、シャンデリアで糸を張りめぐらして 　いる、あの大きなクモのせいでしょうか。くるり、くるりと回りながら 　自由自在に部屋中を動き回る見事なステップに、私はしばし、 　うっとりと見とれていました。目を閉じて、情熱的に踊り続ける 　彼らの姿には、遠い故郷への熱い想いがあふれていました。 　 　昨夜の男が私に気づき、踊りながらウインクしてみせました。 　そして、素早い身のこなしで、ドアの近くまでたどりつくと、 　うやうやしくおじぎをして言いました。 　 　「ラスト・タンゴです。どうぞ、ご一緒に。」