「何よ、それ？」 　「いえ、大したことではあり 　ません。奥さんは、テーブル 　の上に料理を並べて下さる 　だけでいいんです。 　ただ、必ずアルゼンチンタンゴをかけてお 　いてください。そうそう、真っ白なテーブル 　クロスに花などあれば、最高です。」 　 　「なんで私が、大嫌いなあなたたちのため 　に、そこまでやらなくちゃならないの？」 　「お約束しましょう！」 　男は、真面目な顔で言いました。 　「奥さんが、私の望みどおりにして下さっ 　たら、私は仲間を全員ひきつれて、この 　お宅から出ていきます。そして、二度と 　ここには出入りしません。私も、私の 　一族も・・・・・・。」 　「本当に？」

「はい。わが一族の名誉にかけて。」 　私は、ゆっくりと言いました。 　「わかったわ。約束は必ず守ってね。」 　　　　　　　　　 　あくる日の夜、夫が寝室に入ると、私は 　糊のきいた白いテーブルクロスを広げ、 　真紅のバラを中央に飾りました。そして、 　さっそく料理の腕をふるいはじめました。 　男の言葉を真に受けたわけではありま 　せんが、ソースの味つけには、いつもより 　神経を使いました。 　 　テーブルの上に、すべての料理を並び 　終えると、私は夫が毎晩聴いている 　古びたレコードを取り出し、慎重に針を 　おろしました。部屋いっぱいにタンゴの 　メロディが流れ出すと、私は急いで 　隣りの部屋にかけこみました。