死神 　　　　　｢APRICOT GARDEN｣２００３ 　　　　　　　　　　作：おびき　みつこ 　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　絵：若森　あんり

「あっ、死神！」 　　改札口から出てくる若い男を見て、わたしは思わず叫んでしまいました。 　　人間離れした長身に、ガイコツのように痩せた身体。真っ白に塗られた顔に、 　黒ずくめの衣裳・・・。どこから見ても、死神です。 　　男は、黒く隈どられた大きな目をカッと見開くと、いきなりわたしの腕をつかんで、 　ぐいぐいと引っぱりました。 　「きゃあ、何するの、人殺しぃ！」 　　わたしが叫ぼうとすると、男はあわてて手を放し、低姿勢になって、言いました。 　「頼む。お願いだから、静かにしてくれ。何もしやしないよ。ただ、知りたかった 　だけなんだ。その、なぜわかったのか、僕がその・・・。」 　「死神だってこと？」 　「しいぃっ！」 　　死神は、人差し指を口に当てると、びくびくと辺りを見渡しました。 　「そうねぇ。なぜって言われても・・・。」 　　わたしは、死神をジロジロと見つめました。 　「やっぱり、その格好よ。小学生だってわかるわ。あなたが死神だって。」 　「そうかなぁ・・・。」 　　死神は、不服そうに、ツンツンと逆立てた金髪をつまみました。 　「最近の若者は、もっとへんてこりんな格好をしているじゃないか。この方が、 　却って目立たないと思ったんだけどなぁ。大体、この格好をしていれば、誰も 　目を合わせようとしない。見破ったのは、君が初めてなんだ。」 　「そういえば、そうねぇ・・・。」 　　ギターケースを持たせれば、ロックに狂った若者に、見えないこともありません。 　「じゃあ、どうしてわかったのかしら・・・。」 　　わたしは、少し考えてから言いました。 　「もしかしたら、ある人のことが、とても気にかかっていたからかもしれないわ。 　実は明日、わたしの大切な人が、手術を受けるの。ひょっとしたら、命を 　落とすかもしれない、大変な手術なのよ。そのことを、ずっと考えていたから、 　あなたを見たとき、ピンときたのかもしれないわ。あ、死神だ！って・・・。」 　「霊感が鋭くなっていたのかもしれないね。」 　　死神は、静かに肯きました。 　「それにしても・・・。ああ、嫌だ、わたしったら、よりによって、こんなときに 　死神に会っちゃうなんて！ああ、何て縁起の悪い・・・。」 　「待ってくれよ。失礼だなぁ、まったく。死神を人殺し扱いしないでくれよ。」 　「だってぇ・・・。死神に会った人は、死ぬんでしょ？キャア、じゃあ、わたし、死ぬの？」 　「だから、大丈夫だってば・・・。」 　　死神は、あきれたように言いました。 　「安心しろよ。今日はオフなんだ。それに、死神に会ったからって、死ぬわけ 　じゃあない。」 　「オフなの？」 　「死神だって、休日くらいあるさ。何しろハードな仕事だからね。今日は、久しぶりの 　休日を楽しんでいたんだ。君に会うまではね。」 　「悪かったわね。」 　　今度はわたしが頬をふくらませました。