＊　　　＊　　　＊　　　　＊　　　　＊ 「キャンセル待ちですか」 と、隣の老人に声をかけられた。見慣れない顔だ。天国年齢は、まだ若いのかもしれ ない。 「いやぁ、私は先月こちらに来たばかりでしてな。ちょいと娘達の様子を見にきました」 「そうでしたか。ところで、奥さまは？」 「おかげさまで、無事にこちらで会うことができました。居心地のよい住まいを準備して、 待っていてくれました。うれしかったです。家内が、三途の川まで迎えに来てくれたとき には…。涙がとまりませんでした。あれから、毎日のように、天国名所ツアーに夫婦で 出かけております」 「今日は、ご一緒ではないのですか？」 「もう、家内は、見なくていいそうです。すっかり、地上の世界も変わってしまって、見る とかえって、さびしくなるんだそうです。娘達も、それぞれ家庭を持って、何とかやってい ますし。心配だった私がこちらに来たので、もう、はりきって台所で腕をふるっています よ。あれもこれも、食べさせたいって」 「そうですか。それは、よかったですね」 「ところで、あなたのお連れ合いは？」 「まだ、地上にいるのです」 「ご心配でしょうな。このところ、日本もいろいろありましたから。生きていくということは、 大変なことです」 「はい。こちらに来てからも、図書館で毎日新聞をチェックしているのですが、本当に 大変な世の中になってしまいました。私がついていてやれたら、力になれるのですが…」 「だいじょうぶ。何とかやっていかれますよ。人間は必要に応じて、強くなれるものです」 老人は、笑顔で肯いた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　next