「あのねぇ、あなた。」 　　私は、七･三に分けた男の額のあたりを、指差して 　言いました。 　「それは、あくまでそちらの事情でしょう？だから 　　って、何で勝手に人の記憶を持ち出したりするの？ 　　これじゃ、まるで泥棒じゃないの？」 　「泥棒ですって？」 　　　男は、眉をつりあげて、言いました。 　「泥棒だなんて、とんでもない。一時お預かりする 　　だけです。それにあなた、我々は長生きのお手伝いを 　　させていただいてるんですよ。」 　　　男は、そこでニヤリと笑うと、探るように私の目を 　　のぞきこみました。 　「それとも奥さん、あなたは、お姑さんに長生きして 　　　ほしくないのですか？」 　「まさか、そんな。」 　　　　私は、あわてて話題をかえました。

「それにしても、おかあさんの記憶を読みたい人 　なんて、本当にいるのかしら？」 　　男は、カバンの中から、図書カードらしきものを 　とり出しました。 　「はい。それは、もちろん。熱心な読者がいらっしゃい 　　ます。ですから、私もこうして、足しげく、通わせて 　　いただいているのです。」 　　　私は、男の差し出したカードをのぞきこんで、 　　びっくりしました。ミツエさんの「記憶貸出者」の 　　欄には、同じ名前がズラリと並んでいたからです。