 噂の男 絵：ひびき ゆう 文：おびき みつこ 夕暮れ時のスーパーは、献立に悩む主婦達でいっぱいです。 わたしも、あれやこれやと迷いながら、もう何周も売り場を めぐっていました。 すると・・・。 いました、いました！噂好きのＳさんが、ライオンのような髪を 逆立てて、夢中でおしゃべりしています。 眉間にシワを寄せているのは、よからぬ噂をしている証拠。 今日の憐れな子羊は、同じマンションのＭさんです。気の毒に、あの様子では あと三十分は帰ることができないでしょう。 わたしは、声をかけられないように、そっと向きを変えて、歩き出そうとしました。 そのときです。 わたしは、Ｓさんの後ろに、背中あわせに立っている、ひょろりとした不審な男 に気づきました。何やらメモを見ながら、ブツブツと読みあげています。男が何か つぶやくたび、Ｓさんの話し声も高くなるような気がします。そういえば、あの男、 前にも見かけたことがあります。それも、必ず、あのＳさんと一緒に・・・。 「ちょっと！」 わたしは、スーパーの出口で、その男が出てくるのを待ち伏せしました。 「あなた、一体、何者？」 男は立ちどまると、キツネのようにずるそうな目でわたしを見ましたが、あごに 手をあてると、気どったポーズでこう言いました。 「オレかい？オレは”噂の男”さ。」  「噂の男ですって？」 わたしはあきれて聞き返しました。 「あなたの噂なんて、聞いたこともないわ。」 「当たり前さ。オレは噂を流す方が専門だ。」 男は、ニヤリとして答えました。 「そうか・・・。あなたね、ロクでもない噂話をＳさんに吹き込んでいるのは・・・。」 「失礼だなぁ。」 男は、心外そうに言いました。 「サービスだよ、サービス。午後のひととき、今日も献立に悩む奥様方に、 ちょっぴりおいしい話題を提供しようと思ってさ。」 「だからって、根も葉もない話を言いふらさなくたっていいでしょう？」 「ほんの少し脚色しているだけさ。仕入れたネタをそのまま流したって面白くない だろう？ありふれた噂を、いかに芸術的に発展させるか・・・。そこがオレの腕の 見せ所さ。」 男はそう言うと、懐から金ピカの小さなトロフィーを取り出しました。なんだか形が 金のしゃちほこに似ています。 「何よ、それ？」 「”金の尾ひれ大賞”三年連続なのさ。」 男は得意そうにトロフィーをながめました。 「去年、二十歳年下の恋人を追って、アラスカに行ったＫ夫人の噂、覚えてる かい？」 「ええ・・・。あれって、もしかして？」 噂の男は、ニヤニヤしながら肯きました。 「残念だけど、このスーパーとも、今日でお別れさ。”噂の男協会”では、ひとつの 場所にいるのは、七十五日と決まってるんだ・・・。」 噂の男は、手を振ると、去っていきました。  |
