女、四十もすぎれば、さすがにシワ、シミの類が気になりだす。 それも、小ジワやソバカスなんて、かわいらしい代物じゃなくて、もはや、とり返しが つかないって感じのが。 「いくら見たって、変わらないわよねぇ・・・。」 わたしは、鏡を見つめながら、フウと深くため息をついた。 と、そのとき。ピンポンとチャイムが鳴って、見知らぬ男が玄関に立っていた。 おろしたてのスーツに、ゆで玉子みたいなツルツルの顔。全身をピカピカに磨きこ んだみたいな、妙なヤツ。その男がなんと、 「鏡は、いかがですか？」 などと、のたまうではないか。 「鏡ですって？」 わたしは、イライラしながら言った。 「結構よ。鏡なんて、もう、うんざり！」 男は、銀ブチの眼鏡をずりあげると、落ち着きはらって言った。 「もしかして、奥様は、“悪い鏡”をお使いなのでは？」 「“悪い鏡”ですって？」 男は、ニヤリと笑って、続けた。 「まさか、奥様、鏡がぜーんぶ同じだなんて、お思いじゃないでしょうね？」 「そりゃあ、まあ・・・。」 わたしは、ちょっぴりとまどいながら答えた。 「そういえば、デパートや美容院の鏡はきれいに映るけど、公民館やスーパーの鏡 だと、何だかやけにシワやシミが目立つのよね。あれって、光線の加減だと思って たけど・・・。」 「それも、あります。しかし・・・。」 と、男は一歩近づいてきて、言った。 「鏡の持つ性格にもよるのです。“よい鏡”は、映す相手を、より美しく見せようと努力 します。でも、“悪い鏡”は意地悪く、映す相手の欠点ばかりを、わざと目立たせるの です。」 「それじゃ、うちの鏡は、相当性格がゆがんでいるのかしら？」 「おそらく。」 男は、深くうなづくと、後ろに立てかけてあった、細長い荷物をほどき始めた。 「ぜひ、この鏡をお買い求めください。きっと、奥様の人生がバラ色に変わります。」 「なんだか、普通の鏡と変わらないみたいだけど・・・。」 わたしは、鏡をのぞきこんで言った。 「それは、奥様。まだ魂を吹きこんでおりませんから・・・。」 「タマシイ？」 「そうです。でも、その秘密をお見せするのには、まず、お買い上げいただかない と・・・。」 わたしは、代金を払うと、男に念を押した。 「本当にこの鏡、性格がいいんでしょうね？」 「それは、もう。抜群です。」 男はニッコリ笑うと、まわれ右をして、スルリと鏡の中に入り、消えてしまった。 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ わたしは、ドキドキしながら鏡を覗きこむ。 ゆで玉子の男は、鏡の中でどんな努力をしているのだろう。 なんだかわたし、少し若返った気がする。 |