絵：小原　ミチル　
作：おびきみつこ

　
　「きゃーっ、またやっちゃった！」
　わたしは、キッチンで思わず大声をあげた。
　これで、今日のシチューは台無し！お塩をほんの少し入れるつもりだったのに、
　ついスプーンがすべってザザー・・・。
　（どうしよう。捨てるわけにもいかないし。）

　　　そのときだ。
　「ほんと、さじ加減てむずかしいわよねぇ。」
　突然声がして、ふり向くと、白いエプロン姿の、あどけない顔の少女が立っていた。
　背中には、白い羽根。右手と左手に一本ずつ、きらきら光るスプーンを握っている。
　「あたし、今年はあなたのお鍋の当番なの。」
　　　少女は、大きなひとみでわたしを見つめると、くるくるとスプーンを回しながら
　言った。

「金のスプーンは、あまーい幸せ。銀の
スプーンは、塩っからい不幸。ときどき
味見をしながら、一年分の砂糖とお塩を
使いきるのが、わたしたち天使の仕事
なの。でもね・・・。」
　　天使は、ペロリと舌を出した。
「この間、ついうっかりしちゃって、お塩を
入れすぎちゃったの。ザザーって。」

（そうか・・・。今年は、やけにツイてないと
思ったら、この新米天使のせいだったの
ね。）

「だから、心配になって見にきたの。
自殺でもされたら、神様にしかられちゃう
もん。」
　天使は、にこっと笑うと、ペコリと頭を
下げた。
「ゴメンネ。でも案外元気そうなんで、安心
したわ！」

　「あなたねぇ。」
　　　わたしは、天使をにらみつけて言った。
　「もう少し、真面目にやってよ。わたしの人生がかかってるんだから。」
　「真面目にねぇ・・・。」
　　　少女は、首をちょっとかしげると、くすりと笑った。
　「わたしの先輩の天使はね、すっごく真面目なの。今まで一度もさじ加減を間違えた
　ことがないわ。だから、お鍋の中は、いっつも同じ味。甘くもなく、しょっぱくも
　なく・・・。これって、ひどく退屈じゃないかなぁ。」

　　天使は、シチューの鍋をのぞきこんで、ひとさじなめ、眉をしかめた。
　「やっぱりこれ、作り直した方がいいんじゃない？絶望的な味だと思うけど。」
　（人生も、やり直せたら、いいけどね・・・。）
　「安心して。お砂糖がどっさり余ってるもの。あとは、いいことばっかりよ。
　じゃあね！」
　　　天使はウインクすると、シチューの湯気の中に、ほわりと消えてしまった。

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　天使の言い残したとおり、近頃のわたしは、いたって順調だ。
　秋空の中、自転車をこいでいても、おやつに焼きイモをかじって
いても、何だかつくづくと幸せを感じてしまうのだ。
　
　でも、これって、もしかしたら、「不幸の味」をきちんと味わった
からなのかもしれない。わたしは、あのそそっかしい天使に、
ちょっぴり感謝している。

（１９９７年１０月筆）

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