ダメ出し男 　あなたは、今までに、”おせっかいな忠告者”につきまとわれて、閉口したことはありませんか？ 恋人でも親友でもないのに、親しげに近づいてきて、相手の欠点をやたらに指摘したり、「キミの 生き方は間違っている！」などと、人差し指をつきつけたりする、ああいった類の連中です。 　私の場合、彼らは数年に一人ずつ、さりげなく登場してきました。しばらくの間つきまとって、 私の心をさんざん傷つけた挙句、いつの間にか私の周囲から消えてしまうのです。あるときは、 隣りのクラスの転校生だったり、またあるときは、近所に越してきたおじさんだったり・・・。姿形 は違うのに、今思いおこすと、雰囲気は妙に似通っていました。 　まず、尊大な態度。そして、人の欠点を見逃すまいというような、油断のない目つき。ズケズケ したもの言い・・・。その様子は、まるで役者にダメを出す演出家のようだったので、私は密かに 彼らのことを、”人生のダメ出し男”と呼んでいたのです。 　　　　　　　　　　 　ある日の午後・・・。私は、何人目かの”ダメ出し男”と、喫茶店で向かい合っていました。友人 の友人であるその男は、私と二人きりになったとたん、身を乗り出して、私の目をじっとのぞきこみ ました。 「キミって、人の話を素直に聞けないたちでしょう？」 「そうかしら？そんなことないと思うけど。」 私は、気分を害して言いました。 「いや、絶対にそうだ。その上、頑固ときている。一度言い出したら、テコでも動かないってタイプ だな。」 男は、人差し指で私の顔を指差しました。 「失礼ね。あなたに関係ないでしょ。」 私は、ちょっとムキになって言いました。 「ほら、そうやって、すぐに開き直る。かわいげ気がないよね、キミって。」 　男は満足そうにニタリと笑うと、手をあげて、コーヒーのおかわりを注文しました。そして、延々と 私のことをあれこれ批判しはじめたのです。 　一時間ほどしゃべり続けた後、男はさすがに疲れたのか、トイレに立っていきました。 「まったく・・・。冗談じゃないわ。」 と、頭に来た私が帰ろうとしたときです。私は、ふと彼の席に残っている、やたらに重そうなカバン に目を止めました。 （そういえば、以前の”ダメ出し男達”も、これと似たようなカバンを持っていたっけ・・・。） 　私は、ある予感にとりつかれて、カバンの中味を調べてみたくなりました。そして、カバンを 開けたとたん、私は大きく息を呑みました。（やっぱり・・・） 　私が思ったとおり、出てきたのは、電話帳ほどの厚さの台本だったのです。表紙には、私の名と 生年月日が大きな金文字で記されていました。頁をめくると、まずは、配役表。家族や友人を はじめ、見覚えのある名前が、粟粒のような文字でびっしり書かれていました。そして、続く膨大 な量の頁には、セリフらしき文章の行間に、赤鉛筆の几帳面な文字で、いろいろなコメントが まっ赤になるまで書きこまれていたのです。 　　　　　　　　　 　「何やってるんだ！」 　そのとき、ダメ出し男がかけよってきて、急いで私の手から、台本をとりあげました。 「これは、これは見ちゃいけない！」 「やっぱりあなた、”ダメ出し男”ね！」 　私は、勝ち誇った声で、男を指差しました。 「私、あなたに会ったことがあるわ。前に、何回もね！」